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写真待ち 10(候補:聴診器・要確認)

同じ六月、僕らは別々の病院にいた

歩き方が、少しおかしかった。

向こうから来る彼の体が、一歩ごとに片側へ沈む。

捻挫でもしたのかと思った。

顔は、前と同じだった。遠くから手を上げて、笑っていた。

スペイン人の友達だ。

会うのは、一年と少しぶりになる。

そのあいだ、電話をかけても、メッセージを送っても、ほとんどつながらなかった。

呼び出し音が何度か鳴って、そのまま切れる。

送った言葉の下に、返事のない日が積もっていく。

忙しいのだろう、と思うことにした。

こっちの人は、そういう時期もある。

少し前に、急に連絡が来た。

会って、話したいことがある、と。

向かい合って話を聞いて、わかった。

片方の足が、なかった。

義足だった。

手の指が三本と、もう片方の足の指も、なかった。

去年の六月、彼は休みの日に、家族で観光地の湖に遊びにいった。

そのあと、ひどい菌に感染した。

敗血症性になった。

意識がなくなった。

昇圧薬を使わざるを得なかった。

命を守るためには両腕も両足も切らなければならない、

それでもほぼ助からないと医者に言われた。

家族が、病院に呼ばれた。

それでも、彼は戻ってきた。

同じ六月、僕も病院のベッドにいた。

四十度の熱が、二週間下がらなかった。

薬を変えても、数字はほとんど動かない。

検査をして、結果を待って、また別の検査をする。

原因が、なかなかわからなかった。

そのあいだ僕にできたのは、天井を見ていることくらいだった。

2024年の秋、ダナと呼ばれる豪雨が、バレンシアの町をいくつも水に沈めた。

そのあと、動物や虫のあいだに広がった菌を、公園で遊んでいるうちにもらったらしい。

医者がそれを突き止めるまで、家族は最悪のことまで考えていたと思う。

元の体に戻るまで、一か月近くかかった。

同じ月に、僕らは別々の病院にいた。

そのことを、僕はこの日まで知らなかった。

六月のどの週だったのか、聞きかけて、やめた。

同じ週だったとして、それで何かが変わるわけではなかった。

彼は足をなくして、僕は一か月で元に戻った。

彼は、ずっと笑っていた。

神様に、もう一度命をもらった、と言った。

足のことは、どうでもいい。

指のことも。

まだ小さい娘と、愛している妻と、一緒にいられる。

「君ともこうやってビールが飲めるじゃないか」

それが何より大事なんだ、と。

それから、これからやりたいことを、楽しそうに話し始めた。

片方の足で、どうやってそれをやるのか。

彼はもう、その順番まで考えていた。

話しながら、テーブルの上の手が何度も動いた。

指の足りない手だった。

本人は、それを隠そうともしなかった。

僕は、うなずいていた。

胸のあたりが、ぎゅっと縮んでいた。

気の利いた言葉は、一つも出てこなかった。

僕は、先のことばかり考えて暮らしてきた。

何年も先の計画を立てて、それで安心しようとする。

終わったことを、頭の中で何度も巻き戻す癖もある。

笑っている彼の前で、そのどちらもが、急に頼りなく見えた。

コロナのときも、似たようなことは考えたはずだった。

手を洗って、人の多い場所を避けて、それで防げるものだと、どこかで思っていた。

彼は、休みの日に水に入っただけだった。

僕は、公園で遊んでいただけだった。

どちらも、次の週には忘れているような一日だった。

別れ際、彼は僕の肩を軽く叩いて、帰っていった。

さっきと同じ、片側へ沈む歩き方だった。

急いでは、いなかった。

その背中が角を曲がるまで、僕はそこに立っていた。

帰り道、少しだけ、ゆっくり歩いた。

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