
今夜も、誰かの移住ブログを読んでいますか?
移住を決めた時の話をしよう。
日本を出る前の何か月か、僕は毎晩のように、海外に移り住んだ人たちのブログを読んでいた。
家族が寝たあと、スマホの明かりだけで。
うまくいった話を読むと、胸の奥がざわついた。
羨ましかった。
同じくらい、怖かった。
うまくいかなかった話を読むと、少しほっとした。
やっぱり大変なんだ、と思えたから。
ほっとしている自分が、少しいやだった。
不安は数えきれなかった。
子どもが向こうでやっていけるのか。
自分は向こうで、何をして暮らしていくのか。
読めば読むほど、決められなくなった。
誰かの成功も、誰かの失敗も、僕の答えにはならなかった。
それでも、2022年に日本を出た。
決めるというのは、何かを手放すことだった。
持ち物も、仕事のやり方も、ある程度は置いてきた。
近くに住んでいるというだけで続いていた付き合いも、ほとんどが遠くなった。
今、毎日顔を合わせる人は、ほとんどがこっちで出会った人だ。
一年目は、苦しかった。
最初の一年は、日本に戻る理由を、頭の中で何度も並べた。
並べるたびに、それなりに筋が通っていた。
それでも、少しずつ慣れていった。
知らない街が、ある日から「いつもの道」になっていた。
いつからそうなったのかは、自分でもわからない。
あの決断を、今は後悔していない。
正解だったかと聞かれたら、まだわからないと答える。
この先また動くかもしれないし、日本で暮らす日が来るかもしれない。
正解かどうかはわからないまま、後悔だけがない。
それが、自分でも少し不思議だ。
今、あの頃の僕と同じように、夜中に誰かの移住ブログを読んでいる人がいると思う。
羨ましくて、怖くて、決められないまま。
この文章も、そのうちの一本なのかもしれない。
あの頃の僕がほしかったのは、「大丈夫だよ」という一言だった。
でもそれは、誰にも言えない。
読んだブログの中に、僕の答えは一つもなかった。
手がかりになったのは、行ったあとの苦しかった一年目と、そのあとに続いた普通の毎日だった。
家族で国を移るのは、本当に大変だ。
円は安いし、物価も高い。
壁は、僕が出た頃より高くなっている。
今は動けない人もいると思う。
だから、急げとは言わない。
今の僕は、行ってみて違ったらやめてもいいと思っている。
別の国へ移ってもいいし、日本に戻ってもいい。
あの頃の僕は、それを知らなかった。
一度行ったら、もう戻れないような気がしていた。
怖かったのに、羨ましいという気持ちだけは、最後まで消えなかった。
あの頃は読む側にいた僕が、今はこうして書く側にいる。
あの夜の僕に、この文章が届いていたらよかったのにと思う。