
誰にも会わない日の豊かさ
何もない日の話。
今日、誰にも会わなかった。
朝起きて、コーヒーを淹れて、窓を開けた。
予定はない。
連絡も来ない。
どこにも行かなくていい。
東京にいた頃、こんな日が怖かった。
予定がない=価値がない。
そう感じていた。
手帳が埋まっていることが、自分の存在証明だった。
朝から会議。
昼は接待ランチ。
夜は飲み会。
「忙しい」が口癖だった。
忙しい自分は、必要とされている自分だった。
たまにぽっかり予定が空くと、落ち着かなかった。
誰かに連絡した。
用もないのにカフェに行った。
SNSを延々とスクロールした。
一人でいること、何もしないことに、耐えられなかった。
スペインに来て、最初の数ヶ月。
知り合いはほとんどいない。
仕事もまだ軌道に乗っていない。
息子を学校に送ったら、夕方まで一人だった。
何もない日が、毎日続いた。
最初は地獄だった。
誰とも話さない日が3日続いた時、自分が透明になっていくような感覚があった。
存在している実感がなかった。
でも、ある日、気づいた。
昼過ぎに、洗濯物を干していた。
シーツが風に膨らんだ。
太陽の匂いがした。
それを眺めていたら、頭の中が静かだった。
焦りがない。
比較がない。
誰かの期待もない。
頭の中から、他人がいなくなっていた。
あの瞬間、初めてわかった。
僕が東京で「忙しさ」に埋めていたのは、スケジュールじゃなかった。
自分と向き合う隙間を、埋めていたんだ。
誰にも会わない日。
最初は空っぽだと思っていた。
でも、そこには全部あった。
自分の頭で考える時間。
自分の体が何を求めているか感じる時間。
何もしないという、途方もない贅沢。
今は、予定のない日が好きだ。
朝、ゆっくり起きる。
食べたいものを、食べたい時に作る。
本を読んで、途中で寝落ちする。
散歩に出て、どこにも向かわずに帰ってくる。
何も生産していない。
何も達成していない。
でも、確かに生きている。
忙しさの中では聞こえなかった音がある。
自分の呼吸。
冷蔵庫のかすかな振動。
窓の外で誰かが笑っている声。
誰にも会わなかった日の夜。
布団に入って、今日を振り返る。
何もしなかった。
でも、不思議と満ちていた。